小説:(隔週連載)

「がんばれ!沖田君」

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主人公:沖田裕貴(32歳)、妻(30歳)、
長女(3歳)、長男(0歳)の4人家族。

※彼が体験する業界の不思議を、
中堅営業マンの目線でお話します。
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2010年 1月 17日(日)
第33話: 「測るべきものは…」
■前回のあらすじ…前職の会社の同僚が行った行為が、業界では見て見ぬ振りをしてきた行為だったが、そこに警鐘をならした会社があり改めて考えさせられた。そんな時に沖田の手元に届いた手紙に・・・


沖田の所に届いた封書の差出人は、郡山市郊外のS店のオーナーだった。
S店は、本体ブランドの既存店で取り引きは5年、年間取引額は約150万円程。完全買い取りで、支払いは請求の100%と優良店であり、展示会には毎回来展される熱心な店だった。ただ、営業が商品説明しても煮え切らず、時間と手間がかかる割に発注量が少ないので、担当はほったらかし状態のうえ、手の空いているスタッフが接客する有り様だった。
S店から新ブランドを入れたいとの申し入れがあり、沖田もバッティングが無い地域で、姿勢良好であることから、担当に現状も聞かずOKした。喜んだのはS店の奥さんだが、案の定、初回の発注はワンピースとレギンス、そしてカットソーの3点のみだった。これは展示会のメインディスプレイそのままで、いくら他を説明しても「まずはこれから少しずつ…」と譲らない。粘る沖田は「それではたぶんお店の中で商品が埋没して新ブランドの個性が出ませんから、期待したお客様ががっかりします。とにかく色違いでもいいですから、入れられることをお勧めします。」と説得した。奥さんも「それほど言うなら…」と言ってようやく色違いを1セット追加してくれた。沖田はこのときに、自分の説明を納得してくれたのだと思っていた。
受け取った手紙には驚くべきことが書いてあった。
『・・・沖田さんが、うちの家内に一生懸命すぎるぐらい勧めてくれた色違いですが、やはりうちのお客様には反応が無いのです。ひょっとしてサイズも展示会の時より小さいのではないでしょうか?家内がサンプルを着用した時とサイズが違うと言っておりますし、小さくなるような説明はなかったと言っております。うちの店は、夫婦二人で細々とですが15年もやっている店です。自分達のお客様にはどんなものが必要かは、自分達が一番知っているつもりです。取り引きが少ないからと営業の方々は、毎回展示会に行っても相手にしてくれず、また過去1度として御社の担当がうちの店に来られたことはありません。そんな方々が、どうしてうちの店のお客様のことがわかるのでしょうか?でも私は、御社の商品を扱わせて頂いていることに誇りをもっておりますし、何よりとても大好きなのです。だからこそ毎回展示会に行って吟味し、少ないながらも自分達の消化できる数量を発注しています。そして過去において一度たりとも売れないからと返品をしたことはありません。そんな商品に対する思いと販売に対する情熱を軽く見られたような気がします。
でも、勘違いしないで欲しいのは、沖田さんにどうかうちの店に来て欲しいのです。新しいブランドを立ち上げた方なら、その思いも情熱も相通じるものがあるのではないかと思うのです。めったに営業を褒めない家内が、一生懸命説明してくれた沖田さんを私に会わせたいと言うのです。御社にとってはとても小さな取引先ですが、ぜひ会ってみたいのです、それほどまで家内が言う沖田さんに…』
読み終わった沖田は、即座に手帳を出してアポの電話を入れた。

■初めてS店に訪問した沖田は、驚きの連続であった。