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レディースアパレル活性化委員会推奨…ブティック(婦人服専門店)の紹介サイト あるっくじゃぱん




Escort runner(エスコート・ランナー)になれるか?
「増本さんの職業は何ですか?」と、よく聞かれる。
『一言で言えばアパレル営業部のコンサルタントですかね。』
「ああ、なるほどね。えっ、営業部?」
『はい営業部限定です。でもコンサルタントというより…』
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「日本人の10人に1人は走っている。」
笹川スポーツ財団の資料によれば、2014年の統計でランニング・ジョギングなど年1回の実施者は986万人、さらにそのち550万人が週に1回以上のランナーであるらしい。2016年にはもはや1000万人を越えており、すでにゴルフ人口を越えたとも言われている。そういえば私の周りにも15人ぐらいは走っている。
そのランナーは健常者だけではない、視覚障碍者でも走るのが好きな人はいるわけで、そのひとが安心して走るには「伴走者」と言われるランナーが必要なのである。通常は走者本人より前に出てはいけない。しかも常に二人三脚状態で、走者の左手に伴走者は右手を添えるから走るフォームは真逆となるが、歩幅は併せなければならない。
大きな大会では“きずな”と呼ばれるロープを前から引っ張ると、助力したとして二人とも失格になる。走者の目となり、レーダーとなって危険も回避するナビにならなければならない。走者が完走しても決して目立たず影になる人。大会で走者が入賞してメダルをもらっても伴走者にメダルはない。
「私にマラソンはできないが、その代りできることと言えば…」
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私自身コンサルタントという言い方は好きではないが、一般に説明する時には案外理解してもらいやすい。相手が勝手にイメージしてくれるからだ。でも私自身は、営業部の伴走者だと思っている。ナビはするけど決して前に出て引っ張らない。最後はご本人の力でゴールして欲しいから。


※と言う事で、次回は「ゴール…」についてお話しします。
2017/2/19(Sun)


あのひとことが、心の支えです。
・・・そして今夜は静かに思いを馳せたい。
そんな時があってもいいじゃないかと思う。ひとが生きていく中で、「ターニングポイント」となる場面が必ずあるはずだ。その時はそうは思わなくても、振り返ってみると、「ああ、あの時のあれが・・・」となるはずだ。それが見事に今夜フラッシュバックしている。
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「みなでちからを合わせてやってくださいね・・・」
11年前、4社で初めての合同展を代官山でやった時に、参加者の株式会社麗さんの当時社長であった平原勝義さんから言われたひとこと。業界経験がまだ浅い息子で営業の雄太さんや企画デザイナーである娘の真実さんが、初めて自分たちの意思で社長を説得し、会社の命運をかけて合同展示会に参加したことに、当時一人で受け付けをしていた主催者である私に、様子を見に来られた平原社長が、笑顔でそっとつぶやいて、静かに頭を下げて帰られていった。
何だか子供たちを宜しく頼みます、と言われたような、そんな感じが今でも思い出される。そして、現場のことには一切口出しをされなかった。子供達を信じていた。
海の者とも山の者ともわからない、キャリアのない私をも信じてくださった。その平原勝義さんが、2月2日に天国に旅立たれた。享年73歳。心からご冥福をお祈りしています。(合掌)
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今夜は思いっきり泣いてもいい。でも明日、夜明けとともにもう前を向かなければならない。それが、バトンを渡された者の宿命だから。そのバトン、絶対に落としてはいけない、次の走者まで。


※と言う事で、次回は「走者…」についてお話しします
2017/2/5(Sun)


誰も知らないから言えるコト
「今年はどうなると思います?アパレルは…」正月明けから会う人毎に聞かれる会話。「そんなんわかるわけないっしょ」とは、大人の私は思っていても口には出さない。『絶対ではありませんが、こんな予感はあります。』と、2・3怖い話を申し上げる。
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自分がハッピーかどうかの分かれ目は、思い出し笑いのネタがあるかどうかにかかっています。
成功してもハッピーではない人がいます。
成功はハッピーになる1つの手段なのです。
成功しようが失敗しようが、思い出し笑いのできる人が最終的にハッピーになれるのです。寝る前に、「今日のあれが面白かった」と思い出し笑いが出来たら、今日1日は「面白かった」で終わることが出来ます。(中略)
寝る前にすることで、一番大切なのは、それによって寝る前だけハッピーになるのではなくて、翌朝も、翌昼も、ずっとハッピーになれる思い出し笑いです。寝る前に思い出し笑いをしようと思っていると、「今日寝る前の思い出し笑いのネタが1つできた」と、とんでもない失敗も財産にしていくことができるのです。
=中谷彰宏著「明日いいことが起こる、夜の習慣」より
■さて、ニヤニヤ笑いながら寝てみますか。(*´▽`*)
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「えっ?マジっすか?」
『だから絶対じゃないって言ったでしょ。私の予感です予感』
「でも、増本さんが言うんだから…」
『そう言うと思いました。だから貴方にはいつまでたっても真実は言えません。』
「えっ?」
『ウソです(笑)』


※と言う事で、次回は「真実…」についてお話しします
2017/1/22(Sun)


10年はひと昔、12年はひと回り。
今年(酉)、昨年(申)、一昨年(未)と、ある人から頂いた年賀状を並べてみて驚きました。そこに壮大なドラマがありました。
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今年も楽しい年賀状がたくさん届きました。有難うございました。私自身も、毎年パソコンソフトの材料をあれやこれや選んでは、あーでもない、こーでもないと配置し、あとは宛名のフォントを今回はこうしようか、ああしようか自己満足で作ったりしています。
だから、頂いた年賀状で、宛名が手書きであると、これはもう頭が下がる思いです。その中でも、今回一番驚いた年賀状が1枚ありました。
この方は、ある中堅の素材メーカーの社長ですから、たぶん会社的にも年賀状を出す相手は相当な数だと思うのですが、すべて宛名は直筆です。過去頂いた2年間もそうだから間違いないでしょう。
そして、今回一番ビックリしたのは、実は通信面の方です。去年頂いた年賀状を元に今年は宛名入力していたので、その社長のものももちろんありました。そして、たまたま今年頂いたものと並べてみて「おや?」と2度見しました。それから、さらに一昨年の年賀状を探して、並べて驚きました。まさかこんなことが・・・。
写真のように、シンプルなのですが、全て手作業で、作った干支を和紙に印刷してから張り付けてあります。年賀の文言は毎年同じですが、今年はその文字が膨らんでいます。
手作りの年賀は他にもありますが、並べて判ったのは、シリーズ化されていることで、1年に1度しか見ない人には判りづらいでしょうが、ご本人からすれば、たぶん過去も含めて12年間の配置は同じになっているのだと思います。宛名は手書きで、通信面は手作りで、12年間の年賀状を並べれば、それは壮大な十二支ドラマになっている。
この年賀状の送り主とは、これからも途切れることなくお付き合いして、これからも年賀状を頂きたいと真剣に思いました。この社長の年賀状に掛ける情熱と、送る相手への思いは、並々ならぬものだと改めて頭が下がります。(受け取った相手で連続していると判る人は果たして何人いるのでしょう?)
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年始の決意を半年間維持させることすらできない私にとって、12年間それを維持するというとんでもない人が居たことに正月早々すごいパワーを頂きました。「気が付きましたよ、社長!」とは言いませんが、本当に有難うございました。
今年は何だかとっても良いことが起こりそうな予感がします。


※と言う事で、次回は「予感…」についてお話しします
2017/1/3(Tue)


クリスマスが近づくと・・・(長文)
街の中はクリスマス一色で賑やかだ。
この時期になるとなぜか思い出す出来事がある。もうかれこれ10年以上前のこと。当時のブログにもちゃんとしたためている。自分のブログなのに、改めて読むと、「愛する人には見せられない姿かも知れないけれど、本当の姿を見せないとその愛は本物ではない」と、クリスマス前にいつも思ってしまう。そんな出来事はこんなこと…(当時の原文のまま)

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■「一杯の味噌汁…」 平成15年11月28日掲載
先日神戸に行った時、昼時になったので手っ取り早く定食の松屋でお昼を食べていた時のことです。30代のビジネスマン風の男の方が入ってきました。そしてカウンターの中の従業員に声を掛けました。
男の人…小さな声で、「味噌汁だけでもいいですか?」
店の人…「いいですよ、60円です。」
その男の人は60円を支払い、出てきた一杯の味噌汁のお椀を両手で持ち、ゆっくりと美味しそうにすすって「ごちそうさま」と言って満足そうに店を出て行きました。
その一部始終を見ながら、「失業中かな?病気かな?二日酔いかな?」などと、勝手な想像をしながら、550円の自分の定食を眺めてしまいました。
果たして、自分なら一杯60円の味噌汁だけを注文できるだろうか。そんな勇気が今の自分にあるだろうかと考えていました。
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今年も残すところ、あと一ヶ月となりました。
悔いのない1年を終え、素晴らしい新年を迎えるためにも、ぜひ健康で、病気やけがなどせずに仕事を全うしたいものです。そんな気持ちを表わした詩があります。皆さんご存知の詩ですが、意外に全文を知らなかったりするので、ぜひこの機会に読んでみて下さい。

■宮沢賢治「雨ニモマケズ」全文■
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノ子供アレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクワヤソウショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボーとヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニワタシハナリタイ
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もう10年以上前に感じたことなのに、未だにそういうものになりたいと思うのは、成長が無いのか維持しているのか…。
脚光を浴びなくても、お金持ちにならなくても、出された60円のみそ汁を有り難く頂ける自分になりたいと思う今日この頃であります。


※と言う事で、次回は「維持…」についてお話しします
2016/12/18(Sun)


後悔先に立たず。
反則切符と言えば、交通違反をしたドライバーに課せられるとても『厳しい』と言うより、「悔しい」と思うモノである。
なぜなら、その瞬間、自己嫌悪と運の悪さとうっかりミスとが混ぜ合わさり、なぜか自分の運転技術だけは悪くないと、自己弁護するのモノだからである。
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「うわぁっと!危ねえ、逆行やん。」と真正面から出てきた車に急ブレーキで自転車を停めた。相手のドライバーも相当驚いていた。私にすれば、まさかこの道で前から車が来るとは思わなかったからである。その時、すぐ真横から「はい、停まって〜。おたく逆行ですよ。」と車と私の間に黒い皮手袋の右手が大きく広がった。実は私のすぐ後ろを、警ら中のおまわりさんが自転車で追走していたようだ。様子から見るとそのおまわりさんも、別件で急行していたようだが、この逆行は見逃せなかった。となるとこの場合、果たして運が悪かったのは、ドライバーなのか急行していたおまわりさんなのか・・・。そんなことを思いながら、やっぱり自転車の任意保険に入らなアカンなと、もはや自分のことを考えていた。
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熟年ドライバーの事故が後を絶たないが、なぜか男性が多く、その昔、たぶん若いころには自分の運転に相当に自信を持っていたのだと思う。例えば、ふた昔前のアパレルの営業は、「俺は長距離トラックの運転手になれるぜ。」とおかしな自慢をしていたものだ。それぐらい走っていたのも事実であるが…。
改めて、「気を付けよう。注意一秒、ケガ一生。遺族になったら計られぬ。」 
これから年末は特に無理は禁物だ。愛する人のためにも。


※と言う事で、次回は「愛する…」についてお話しします
2016/12/12(Mon)


一生懸命だったから許す!
「おいおい、たのむわ〜」と、心の中で叫ぶ。
隣りの熟年夫婦のご主人が、涙の場面になると、なぜ涙が出るかを小さな声で隣の奥さんに解説し始める。奥さんも涙と鼻水でグシュグシュなのは、隣にいて判るのだが…
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ロングランが続くこの映画。意外にもメジャーな映画館ではなく小さな映画館での上映で人気が続いている。その映画は、宮沢りえ主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」だ。
この映画の中で、幾度となく出てくるハグの場面。特に主人公の双葉(宮沢りえ)がヒッチハイクで乗せた若者たくみ(松坂桃李)を駐車場に停めた車の後ろに呼びだす場面は、たぶん観客誰もが「ぶんなぐる!」と思っていたと思うが、予想を裏切ったハグで、この主人公の熱い想いを感じられた。それは、「人を愛することが出来ない貴方に足りないのは、人生に目標を持てていないからだ!」と言うことをハグで伝えていたのだと思う。普通は出来ないスゴイことだ。そして子供たち自身が受けた苦境にもすべてハグで伝えている。「大丈夫、私がいるよ」って。何だかこちらまでハグされたような気持になる。
そういえば、最後に自分の子供たちをハグしたのっていつだったっけ?
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この映画は、反則だ。見たら絶対に泣く。
私が過去見た中でも涙映画ベスト3に入るな。しかも、最後の5分ぐらいで題名の意味が判るとは…。
ただ、隣のお母さんと同じタイミングで泣いているとお父さんの解説が入るのだけは余計だったが、たぶんお父さんは一度下見していたんじゃないかなと感じた。それが微笑ましいから許す。


※と言う事で、次回は「反則…」についてお話しします
2016/12/4(Sun)


シェイク以上!
相当に悩んだ時、両者に差はなくて、どちらを選んだとしても、誰からも文句を言われない状況の時に、最後の判断は一体何だろうか? 最近になって自分なりにその判断基準が変わってきたような気がする。それは…
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考えてみると11月の合同展は、10周年だったのだ。
何をすべきか?どうすればいいのか?ただの通過点なんだからと何もしなければ誰も気が付かないのに、わざわざそれを強調して良いものか?
5月の合同展が始まる直前に相当悩んだ。
それから決断した。もしかしたら20周年は出来ないかも知れない。となればここしかないのだ、節目は。
それから過去を振り返ってみた。するとどうだろう。こんなにも走って走って、走り続けてきた自分に驚いた。振り返ったり立ち止まったりするのが本当は怖かったのかもしれない。途中で誹謗や中傷も受けたし、悔し涙も流した。胃が痛くなりすぎて何度も吐いたり救急で運ばれたこともあった。その度にもう辞めようと思った。でも、辞めることはそれを正論として受け止めてしまうことになる。それは悔しい。続けて行くことこそが、それを言ってきた人たちへの反論になると信じた。
私の場合、「見返す」と言うエネルギーこそが、実は10年間の源泉だった。次の10年のために念入りに準備は進めていくつもりだ。ただ、次のステージに向かうためのエネルギーは今度は一体何になるのだろうか?
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それは、「愛しいかどうか」だ。
つまり心からハグできるかどうかなのだ。答えはとても簡単だ。


※と言う事で、次回は「ハグ…」についてお話しします
2016/11/20(Sun)


仕上げをご覧じろ
さてさて、今回も計画通りに事は進むのだろうか?
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自分だけが動くなら遅れても言い訳ができるし、何とでもできるのだが、そこに一人二人と仲間が出来たときには、早く進むか、選択肢の議論で時間を食って逆に前へ進まなくなるかのどちらかだ。それが10人、20人と増えればなおさらだ。
同じ会社で同じ釜の飯を食って、同じ目標に向かって進むなら話しは早い。ところが、ある時一時的に集まって、同じ目標を共有して動くという作業には、一体何が一番必要なのだろうか?その答えを見つけるために、10年間続けてきたような気がする。半年毎に、緻密に、念入りに考え、計画し、計画通り進んできてもそれを共有することの難しさは一言では言い表せられない。そのプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、10年間走り続けて来た。
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明日から始まる合同展Doorsで、またその答えを見つけなければならない。誰のためにやっているのかさえ未だ判らない。
でも、やり続けることが自分の使命であることだけは、今回の準備で判った。それが、10年目の答えだった。


※と言う事で、次回は「念入り…」についてお話しします
2016/11/7(Mon)


節目節目に思うこと。
人生において何が一番「やるせない」ことかと言えば、子供が親より先に死ぬこと。それを見届ける親の気持ちは何よりもやるせない。特に病気の時には、代わってやりたいと神様に願うだろう。子を思う親の気持ちは何よりも重い。では病気でないときは・・・
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今日は唐突な出だしである。
先日甥っ子が、結婚式の招待状をもって来た。あの時の鼻たれ小僧が可愛い奥さんを連れてきた。甥っ子ながらも、あっぱれと褒めてやりたい。これが我が子の時となると、果たしてどうだろう。娘と息子、父親の私はどういう態度をその時にとるのだろうか?今まで過去において、進学の進路に一切反対をしなかった自分が、反対をするのだろうか?
そんなことを、結婚式の招待状を見ながら考える歳になってしまった。「幸せになれ」と、思いもよらず胸が詰まる。
子が、親の居る母国を守るために出兵したあの時代は、一体どちらがやるせなかったのか。そんなことまで考えてしまった。経験も体験もないのにも関わらずだ。
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今年は全てにおいて、節目が重なっている。11月1日には会社設立10年目となり、すぐに合同展Doors70が開催される。
これから1年無事に過ごせれば、10周年が迎えられる。会社も身体も無事に過ごせればという絶対条件が付くが、90歳の母親が元気なうちにその報告もしたいと思っている。それ以外の祝い事の報告があればよいのだが、こればかりは計画できない。


※と言う事で、次回は「計画…」についてお話しします。
2016/10/23(Sun)


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