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レディースアパレル活性化委員会推奨…ブティック(婦人服専門店)の紹介サイト あるっくじゃぱん




Good service!
「パンクしたみたいやねんけど、穴が判らへんからちょっと見てくれへん?」
『はい、かしこまりました。ただ、パンクしていなくても作業料として500円はかかりますが宜しいですか?もちろんパンクしていればそれには修理代も含まれています。』
「ああいいですよ、預けとくから見て。」(そして30分後)
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「日本語で一番誤解されるのは、『サービス』という言葉である。」と、知人のコンサルタントが話す。つまり、日本語で「サービス」と言うと、無償の役務となって、商売では割引きだったり、作業では無料奉仕だったりすると。ところが、英語圏では、サービスというのは、「有償」なのだそうだ。つまり形がない役務であるが、それは人が関わるから無償ではないと。例えば、日本で言うところの「家族サービス」は、“spend time with one’s family”「家族と過ごす」となり、“family duty”となって、「家族の義務(任務)」となる。
“service”「サービス」と言う言葉は一切出ていない。更に、「景品」も英語では“service”ではなくて、 “giveaway”とか “free gift”とか言われている。
=「TOEFLメールマガジンVOL.86」より
「サービスしといて!」と、客が言うのは、「無償奉仕してね」と要求するのと同じである。これは本当に心と身体に痛い言葉である。
仕入れのない販売だから、本人だけが目をつぶれば出来る事なのであるが、その本人が「サービスしときます」と先に言うのとは、ニュアンスが全く違うのである。
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「どうやった?」
『パンクはしていませんでしたが、口ゴムが無かったので付けておきました。もしかしたらイタズラかも知れませんね。』
「そっかあ、ありがとね。はい、500円」
『有難うございました。お気をつけて』
「しかし口ゴム1個が500円かあ。くっそぉ〜、って、作業した人件費を全く考えてないやん。ありがとうな、兄ちゃん。」


※と言う事で、次回は「イタズラ…」についてお話しします
2015/2/22(Sun)


こんな時に限って…
「今週はお手上げだ。何も頭の中で用意が出来ない。こんなことは、年に何回かしかないのだが、それでも何とか乗り越えてきた。でも今週は違う。とにかく違う。何がそうさせているのだろうか?いや、自分がしているのだろうか?」
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定義と定理の違いは?
ご存知の通りに、「定義」とは、人が物事を説明するために
つくった名前であり、「定理」とは、自然がつくった事実を証明したものである。
例えば、
偶数とは、2の倍数である。が「定義」
風が吹けば桶屋が儲かる。は「定理」となる。

つまり、証明が必要なものが定理で、証明された事実が
「定義」である、と考える。

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なんて、こと色々考えてたら、頭が痛くなってきた。
「頭痛が痛い」これは、定義なのか?定理なのか?
イエイエ、それは単なる注意すべき重ね言葉ですと神の声。
アカン、今週は早く寝た方がよさそうだ…。失礼します。


※と言う事で、次回は「痛い…」についてお話しします
115/2/15(Fri)


遠くを見る目に映る物…
「クリエーターと作家(アーティスト)との違いはなんですか?増本さん。」と突然聞かれて、意外に返事に困ってしまった。明確な定義が出来ない。
『確かにDoorsに出る方々は皆デザイナーであり、クリエーターであって、作家ではないですね。』と、苦しい言い訳とおぼろげながらの定義で考えた。
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■ドリームより、ビジョンを持つ。
今できないこと、つまり現実からかけ離れていることを「夢」ととらえがちです。ほとんどの人の夢は抽象的です。抽象的なことを言っているうちは、夢は実現しません。
=夢を実現している人は、夢を語りません。=
「夢」という言葉も、その人の会話の中からあまり出てこないのです。夢とかドリームを語るよりは、ビジョンを語ります。ビジョンは、具体的に目に見えることです。
=今ここにないのに目に見えるものが、ビジョンです。=
「こういうふうなところにたどり着いたら、幸せになる」ではなく、「こういう生き方をすれば、ハッピー」というのが、ビジョンを中心にした生き方なのです。
=中谷彰宏著「『つらいな』と思ったときに読む本」より
そうだ。これからでもビジョンを語れるように考えて考えて、考え抜いてみようっと。
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「自分が望む作品をつくるという夢が叶うところまでが作家で、そこから先の自分のビジョンに沿って、作品を商品として利益を出していけるのがクリエーターで、その商品を第三者に指示して作れる様にできるのがデザイナーだと思うんですが…。」と勝手な定義は如何なものだろうか?


※と言う事で、次回は「定義…」についてお話しします
2015/2/8(Sun)


春よ来い、来い、春よ恋!
「増本社長の贅沢とはどんなことですか?」と、担当の銀行マンに聞かれた。
『そうすねえ、もう仕事してなくても自動的にお金がいっぱい入ってきて、時間が一杯あって、何も心配なく豪華客船とかで世界一周の旅が出来たら、贅沢だよねえ…』
「それ全部叶えられたら、どうなりますかねえ、その先は…」
『う〜ん、もう死んでもいい!と思うのかなあ?それとも、、、』
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今年も冬から春の季節が変わる節目がやって来た。節分だ。
邪気を払い、厄を落として、いよいよ春を迎えるのだ。ここぞとばかりに厄払いのために自らの鬼を追い払おう。邪気も邪心も、結局自らのココロの中にあるのだから。
明けない夜はなく、やまない雨もなく、止まらない涙もない。
笑顔で春を迎える準備をしよう。今年の恵方は西南西だ。
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「人間の欲望にはキリがなくて、もっと贅沢をしたいと思うのではないですかねえ。」
『なんで?』
「ほら、お年寄りが何百万も何千万ものお金を、投資とかなんとかの詐欺話で引っかかるのは、もっとお金を増やしたいと思うからでしょ?もうこれで十分だから死んでもいいとは思ってないでしょ?」
『確かにそうだなあ。全部叶えられたら、もっと長生きしようとするんだろうね。たぶん』
「そうですよ、だから、どんどん叶えましょう!その贅沢。それが長生きの秘訣ですよ。」
『結局贅沢とは、長生きすることなのか…』


※と言う事で、次回は「叶える…」についてお話しします
2015/2/1(MonSun)


あふれるほどの愛と幸せと…
「ああ〜〜、極楽極楽。」
『ゴクラクってなに?』
「気持ちがイイってことだよ」
『ゴクラクってお風呂のこと?』
「そうそう、お湯がたっぷりあるお風呂につかることだよ」
『ふーん』
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■満足とはあふれることです。
サービスはお風呂のお湯と同じです。日本人のお風呂の入り方が外国のホテルで嫌われるのは、バスタブからお湯をあふれさせるからです。外国人は、バスタブからお湯をあふれさせたりしません。
日本人は、お風呂からお湯があふれた時に初めてぜいたくな感じを味わうことができるのです。ちょうどぴったりでは、物足りないのです。温泉のお風呂で縁からお湯があふれていないのは、なにか貧乏臭くて物足りなく感じるのです。自分の体が入ったぶんだけ浴槽からお湯がザブーンと外にあふれる。これが顧客満足です。お客様がお風呂に入った時、お湯がお風呂の縁にピッタリくるくらいの量では快感を感じません。どうしたらお風呂のお湯をあふれさせることができるかを考えていくのがサービスなのです。=中谷彰宏著「お客様にしなければならない50のこと」より
特別なことではないが、特別な思い出にするのがサービスなのだ。
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日帰り温泉で、桶風呂の隣の桶に親子で入ってきた子供の質問が面白かった。確かに「ザブーン」と桶からお湯があふれても気にならないのは、自宅で味わえない最高の贅沢だ。


※と言う事で、次回は「贅沢…」についてお話しします
2015/1/25(Sun)


両手にはこれがある!
今年もまた1月17日がやってきた。
あの年は、15日(日)が成人の日で、16日(月)が振替休日。だから、遠くから地元に帰省していた成人式の若者たちも、16日にはそれぞれが戻って行ったはずだ。そして翌17日。昨日まで祝ってくれた地元の家族や友人が…。20年と言う歳月は本当に長く短く、そして早い。
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「勇気」と「元気」は、減らないだけじゃなく、使えば使うほどふえるんですから。他のほとんどのものは、使えば減っていきます。使って増えるものと言ったら、他には皺と歳ぐらいなものです。
「元気」と「勇気」と言うと、別々のものみたいですが、言葉こそ違え、本質は一つです。
「元気」な奴は腹が立つくらいいつも元気だし、どんどん元気になっていく。逆に、元気がない奴は、会うたびに元気がなくなっていくように見える。向かい合ってお茶を飲むだけで「元気を吸われそう」な奴もいる。
「勇気」もうそうです。「あの時あれだけの勇気をもてていたら」という切ない後悔をすると、「あの時の勇気」を手に入れるのに七転八倒の苦しみを味わいます。しかし、「あの時、よくあの勇気が私にあったなあ」という自信は、更に大きな勇気を、思いの外簡単に手に入れる力になるのです。
僕らは赤ん坊の時、右手に「勇気」、左手に「元気」を握って生まれてきたのです。
=さだまさし著「本気で言いたいことがある」より
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震災後20年の節目は、体験者にとって特別な思いであろう。
「元気」な姿で、「勇気」を持って、次の20年に伝え、残していかなければならない。それが生かされた我々の役目なのだから…。


※と言う事で、次回は「特別…」についてお話しします

2015/1/18(Sun)


心技体…
今年成人を迎える若者に「成人おめでとう」と謝辞申し上げます。特に今年は、関西にとってあの大震災から20年であり、その年に生まれた人たちだからこそ、これから大人として起こる苦難から絶対に目を離さないで生きて欲しいと思います。真っ直ぐに…。
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■「正射必中」「射は仁の道なり」「真善美」「射法八節」
弓道は自分の精神面がもろに射に反映される。良い格好を見せようとか、的に当ててやろう、誰かに勝とうなんて欲を出すと、たちまちその射は、基本体から遠ざかる===と、ある弓道家の評論。
勝つことが目的ではないのが弓道で、その勝敗は難しい。的に当てるだけなら練習すればできるのだが、作法や心まで鍛えないと美しい姿にはならない。型もあるのだが、流派ではなく、免許皆伝でもなければ一子相伝でもなく、かといって的に外れてばかりでもいけないという、とても難しいスポーツ。いや、これをスポーツと言うと、結果を求めなければならなくなるから、やはり武道であり作法なのだ。だから、オリンピックに参加することは難しい。何せ、観客がその勝敗がひと目でわからないからだ。それでも中学校の体育の授業では柔道・剣道などの武道として選択科目になっている。
今の子供たちに、勝敗のマニュアルのない勝負を学んでもらうのはとても難しいと思う。でも奥が深くて、やればその静けさの虜になるらしい。
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新年から、気持ちをしっかり入れ替えて、とにかく目標(的)を真っ直ぐに見つめて前に進もうと思う。
見えないはずの、はるか遠くの的を見つめながら…


※と言う事で、次回は「遠く…」についてお話しします
2015/1/11(Sun)


新年明けましておめでとうございます
■今年もどうぞ宜しくお願い致します。
早いもので、弊社も設立から8年目を迎え、あと2年でひとつの節目を迎えます。節目をつくるまでは何とか元気であらゆることに負けないような体力をつくりたいと思います。
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つまり、どんな嵐が吹き荒れても、竹のようにしなやかに立っていると言うことです。
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長い人生の中で、「負けて勝て」という言葉がありますが、勝負では、負けは負けです。
ただ、必ずリベンジできると信じ、これだけは誰にも負けないというものを持っていなければなりません。私もそれを今年は熟成させたいと思っています。

どうぞ、今年も「あるっくじゃぱんの動き」に注目して頂き、その目を離さないように宜しくお願い致します。


※と言う事で、次回は「目を離さない…」についてお話しします
2015/1/4(Sun)


よく見れば…
週末にデパートを歩いていて、ふと通り過ごした大きな鏡に「あれ?」と思った。本当に瞬間的に見ただけのこと。でももう一度Uターンして鏡を通り過ぎてみた。そう、鏡に映った歩く自分の真横の姿が、自分が思っていた姿と違ったのだ。
その姿に驚いた。
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今年一年を振り返るアプリがFB上でも出ているが、そんなことしなくても、鏡の前の自分を見れば判るものだ。顔が老けていないか、口角があがっているか、眉間にシワが寄っていないか、頬がこけたり、たるんだりしていないか…という顔のことではない。歩く自分の姿のことだ。それも何気ない瞬間。それこそが、自分の今年1年の最後の姿なのだ。
背筋も伸びず、常に前かがみで足早に歩く姿は、去年の今ごろ「来年こそは良い年で…」と願った姿ではないはずだ。
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今年の出来事の怒涛の流れに耐えて、立ち向かって、それでも前に進んで、そしていま年を越える。
果たして新年は、どんな年になるのだろうか?そんなこと誰もわかりゃしない。わかるのは、ただ今年の自分がそこには居ないと言うことだけ。新しい自分がそこに居るだけ。

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今年の自分よ、本当にお疲れ様。よくがんばったな。
来年の自分よ、絶対に負けないから、がんばろうな。
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※と言う事で、次回は「負けない…」についてお話しします

今年1年本当に有難うございました。良い年をお迎え下さい。

2014/12/29(Mon)


立ち続ける…
「イチローはどこに行くんだろう?」
『40過ぎて、ピークは過ぎたけど、まだまだやれるよな。』
「日本に戻ってくればいいのに。」
『50歳で4割打って辞めるって宣言しているらしいで。』
居酒屋で、やっぱり気になるイチローの移籍話。
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■ピンで生きる人は、三振を恐れず打席に立ち続ける
ピンで生きる人は挑戦を好む。どんなに失敗を続けても挑戦を続ける。その生きざまは、まるで生涯現役を目指すプロ野球の打撃王のようである。とにかく打席に立つことにこだわるのだ。未熟であっても、なるべく若いうちから試合に出て打席に立つ。それは打席に立てばたつほど、自分が成長できることを知っているからである。(略)
名人ほど舞台に立つことにこだわるのは、スポーツだけの話しではない。歌舞伎役者であれば花道に上がりたいと願う。ビジネスパーソンであれば商談やプレゼンの主役になりたいと願う。ピンで生きる名人なら誰しも、晴れ舞台に立つことでしか癒されない「渇き」を知っているのである。
今からでも遅くはない。手を挙げて身近な打席に立つことから始めよう。
=久米信行著「ピンで生きなさい」より
自らが立ち続けないと、プロの世界では通用しない。止まった瞬間に存在が無くなるほど厳しい世界なのだ。どの世界も。
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プロ野球選手としての自覚と行動は、孤高の戦いでもある。並大抵の努力では出来ないと思う。いわゆるパーソナルだから、誰も変われないし、誰も助けられないし、誰も真似できない。でも、それを超えることは出来る。また次のプロが…。


※と言う事で、次回は「越える…」についてお話しします
2014/12/21(Sun)


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