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レディースアパレル活性化委員会推奨…ブティック(婦人服専門店)の紹介サイト あるっくじゃぱん




指折り数えてみる・・・
この本(下記表示)を読んで、自分が起業したときの色々な場面やその時の妻との会話を思いお越した。例えば…
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遙か(20年以上)昔のこと。長男がまだ小学校低学年で、自分の欲しいものを母親にねだるのに「みんなが持ってるもん。」という言葉をよく使っていた。そんな時すかさず母親は、「みんなって誰と誰?言ってみっ」と長男の目の前に自分の手の平を出す。長男は最初大声で自信満々に「○○君と、▲▲君と、■■君と、あとええっとええっと、」と、自分の周りの友達の名前を言い始める。それを聞きながら目の前で母親はゆっくり指を折り始める。5本指を折ってから「あとは誰?」と聞く。長男は「ウッ、ううう・・・」「泣かずに言いなさい、貴方はみんなって言ったのよ。みんなってね。」と説き伏せ始める。長男もなんとなく分かってきて、「みんな」という基準が、母親の10本の指にも達しないことになす術もなく反論も出来ず、もはや白旗状態で降伏宣言しようとする。そんな時に母親は「いい?本当に貴方が欲しいのなら、僕が欲しいと言いなさい。周りの友達の名前を出す必要はないの。貴方が欲しいのならそれを言いなさい。それを買えるかどうかはその時に話しましょうね。」と諭す。長男も納得して涙ながら笑顔になっている。
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実は私も長男と一緒で、カミさんに転職を匂わせた時に「俺は○○やと思うねんけど、会社のみんなが△△だからアカンねん。」と言ったことがあった。それを聞いて会社の内情を全く知らないカミさんが一言。「あなた社長なん?」で(チーン)。
こんな私の教訓ですが、自分を正当化しようとして、「他が」とか「皆が」とか「周りが」とか絶対に責任転嫁や言い訳をしないこと。どんな場面でも、最後の最後に決めるのは自分であって、決して「みんな」ではないと肝に銘じること。
参考文献=森博嗣著「月夜のサラサーテ」より


※と言うことで、次回は「決める・・・」についてお話しします。
2019/6/16(Sun)


やっぱり、男の子・・・
「父さん、これや。」と独り暮らしの息子がバイクに乗ってやってきた。
『おお、やるやないか、新型やな』
「うん、まだ慣らし100キロが終わったとこ」
『よ〜し、父さんも取るかな〜、中型。』
「いいね!」
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「令和になってやりたいこと何ですか?」って聞かれたら、貴方はなんて答えます?
先日私もある人にそう聞かれて「プライベートで言えば、年齢が大台に乗るので、もう一回あの時にやりたかったことをやりたいな。」と答えた。残りの人生の方が短くなったこの時に、これだけはやっておきたいことって誰でもありますよね。若いときには色々な事情で出来なかったけれど、逆に今なら出来ること・・・。
私の場合は、自動二輪の免許を取ってバイクで田舎に帰ることだ。30年程前の大学生の時に、大阪から原付で180キロ先の田舎に帰ったのだが、「絶対に次は中型で帰ってやる」と思って今に至るのだ。
そんな青春を思い出させてくれたのが自分の息子だから、これも運命なのかと大袈裟に思ってしまった。何よりも「父さん、僕このバイクで田舎に行くから。」と言ってくれたことが、私のわずかな青春回帰の導火線に火をつけたのだった。
息子と一緒にバイクで田舎までツーリングして帰る。そんな夢のような事が出来たらすげ〜、と言うことで、この夏の還暦誕生日までに免許を取らなければと、心と身体を奮い立たせているこの毎日。さあ還暦ライダーの誕生だぁ(笑)
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新しい時代に、新しい気持ちで、新しいことをやって失敗しても、たぶん誰も平成に立ち戻れとは言わないと思う。常に前向きなチャレンジが、新しい時代に生き残る術だと皆わかっているから。


※と言うことで、次回は「術(すべ)・・・」についてお話しします。
2019/5/19(Sun)


幸せの白いハンカチ・・・
「平成の元号が発表された時どこに居た?」と友に聞かれ、
「ああ、新年の挨拶回りで新宿西口にいた時に、何かのモニターで見たなあ。へ〜、って思ったけどそん時はあんまりピンとこなかったよ。変わった呼び名だなあ〜ってぐらいで。」
「だよな。でも30年と113日で4番目の長さなんだって。」
「俺にしたら、その年の夏に長女が生まれたからとても有り難かったよ、なんせ元年だもの。そして、今年は俺の節目の年だよ。持ってるかもね見えない元号パワーを・・・(笑)」
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「君には、ある」
がんばってない人に、スランプはない。
夢のない人には、絶望もない。
恋をしない人には、失恋もない。
やる気のない人には、不安もない。
努力してない人には、自己嫌悪もない。
だから、君は、大丈夫。
=中谷彰宏著「泣きながら、笑おう」より
「大丈夫だ。私にはスランプも、絶望も、失恋も、不安も、自己嫌悪まで持っている。だから何も怖いものはないのだ。」と、思えば良いのだと中谷氏のこの言葉で救われた。そういう考え方もあるのかと初めて知った。
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憧れの人は誰にでもいるだろう。その人は貴方には輝いて見える。でもその人も実はすごく悩んでるいるかも知れない。それを乗り越えるパワーは、もしかしたら泣きながら笑っているからかも。その涙を拭くために神様が新しい白いハンカチを持たしてくれているんだきっと。涙の色は人それぞれだから。

※と言うことで、次回は「新しい・・・」についてお話しします。
2019/3/31(Sun)


魔法の小瓶・・・
「おっはよ〜、昨日はお疲れさまぁ。はいっ、これ!」と小瓶を手渡された。
『あっ、ありがとうございますっ。(キリッ)』
「ちゃあんと腰に手を当てて前向いてしっかり飲むんよ。あと2日あるから増本さんには頑張ってもらわんとね〜。」
『わっ、判りましたぁ〜。』
合同展2日目の朝、初日のヤマ場が終わった私に、出展者の奥様から頂いた栄養ドリンクの飲み方に、「こうですね。」と、早速やってみるうちのスタッフ。
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■「任せる」と「委(ゆだ)ねる」この違いはなんだろう?
はっきりとした違いを私は言えないが、でもこういうことなのかも知れない、とは思う。例えば・・・
自分でやってもたぶんやれないことはないけれど、諸事情でそのミッションの達成(結果)を頼むのが「任せる」で、自分では絶対出来ないので全てを丸投げし、その代わり未達成でも責任を問わないのが「委ねる」ではなかろうか。
その言葉の使い方に、「運を天に任す」とか、「自主性に任せる」とか、「全権を委ねる」やら、「この人に身を委ねる」などが思いつくけれど・・・正式な意味は判らない。
いずれにしても、自分の身から一時的にも離れたその大切なミッションは、必ず達成されると思っている。
合同展出展者が45社あれば、その思い、狙い、考えや目標は、45通りあって全てに対して受けて立たなければならない。それがプロとプロの「契約」であり、「委任」だ。
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不思議なもので、たぶん栄養ドリンクを飲む人の半数以上は腰に手を当てている。(と、思う。)
それぐらいこの小瓶には、栄養以外の「強さへの憧れ」が入っているのだと思う。さて、今夜も飲んでみようか。


※と言うことで、次回は「憧れ・・・」についてお話しします。
2019/3/3(Sun)


合わせるのはこちら?向こう?
「増本さん、先日の件まだですかあ〜」
「えっ?あっ、これか・・・」
LINEで物事を頼まれると本当に忘れてしまうというか、LINE自体を改めて見返さないから、その出来事さえ忘れてしまう。そして昨日、、、
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私:「あのう、もしもし、初めまして。私あるっくじゃぱんの(中略)。で、本日もまた同じお問い合わせのメール頂きましたけど。」
A氏「先週のご返事がまだないようなので、今日またメールしたんですけど。」
私:「いやあの、先日メールもらったその日にメールで資料を添付して送りましたけど・・・」
A氏「えっ?いつですか?」
私:「いや、だからメールもらったその日ですけど・・・」
A氏「すみません、あんまりメール見ないんで。」
私:「えっ?(おい、それならメールせずに電話して来いよ=心の声)」
=電話の向こうでパソコンを調べる音。=
A氏「あっ、ありました。すみません、届いていました。」
私:「良かったです〜。(おいおい=心の声)」
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年のせいにしたくはないが、やっぱり物忘れは少しずつひどくなっているような気がする。若いころは、忘れないためにメモをとっていたが、今ではそのメモすらどこにやったか忘れている始末だ。
私でさえそうなのだから、本来よそ様をとやかく言える立場にないのに・・・。
「人間万事塞翁が馬」と思い、自然の成り行きに身を任せるしかないのかもしれない。焦ったところで、私にできることは限られているのだから。


※と言うことで、次回は「任せる…」についてお話しします。
2019/2/17(Sun)


無ければ無いで、あればあったで・・・
「遅くなってごめん。あれ?いまの人、知ってる人?」
『ぜんぜん、赤の他人。』
「えっ?だってなんかメッチャ盛り上がってたやん」
『たまたま高校野球の話しになって、そしたら出身が田舎の隣町やってん、びっくりしたわ。』
「すげっ。なかなかあり得へんで、大阪の居酒屋で同郷と隣り合うって。」
『やね〜。たぶん日頃の心がけやな。これで美人ならなおさら奇跡やったけどなあ。』
「残念やなあ。我々と同じでハゲてたから、まだまだ修行が足りんな。(笑)」
先日友人と居酒屋で待ち合わせに遅れて入り、入れ替わりで出ていったおじさんが友人の同郷だったという驚きの話し。
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今日は今日で、いつもの散髪屋のオヤジさんが、髪を切りながらいつもの調子で雑談していてのこと。
「そう言えば昨日お宅の田舎のことテレビでやってたよ。」
『えっ?ホンマ?何で?』
「私もゆっくりは見てなかったんだけど、メッチャ美味しそうな椎茸のことだったね。なんだか有名なブランドなんだね。【茸王(たけおう)】って言ってたよ。知ってる?」
『へ〜。知らないなあ・・・』
「あっそう?何でも10年ぐらい研究を重ねて出来たとか。すごい肉が分厚くて、形が大きくて、アワビみたいだったよ。」
『食べたことないなあ・・・子供の頃にはなかったよ。』
「今度田舎帰ったら見てみたら。貴重だから高いみたいだけどね。キロ10,000円ぐらいするみたいだよ。」
『どわぁ〜ムリムリ。だったらカニを買うよ。(笑)』
でも、散髪屋のオヤジさんに田舎のことを覚えてもらっていることがなんだか嬉しかったなあ。
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田舎から出てきた者にとって、都会で出会った人が同郷と聞くだけで、「同郷人に悪い人はいない」と思ってしまうほど、なんだかホッとするし懐かしい。それも何十年も離れていると、田舎の変化すら知らないから余計に今を知りたくなる。でも、知ったからと言って何も出来ない。
ただ、忘れないようにしようと思うことだけは出来る。


※と言うことで、次回は「忘れない…」についてお話しします
2019/2/3(Sun)


いつでもどこでもどんな時も・・・
新年明けましておめでとうございます。
旧年中は本当にお世話になりました。今年は更にお世話になるつもりですので、何卒宜しくお願い致します。ヽ(^。^)ノ
さて、年始に当たり、今年の私の抱負をお伝えします。
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その前に、振り返ると2018年は色々ありましたね。たぶん、歳を重ねると共に若い頃には気がつかなかったことが目につき、耳に入り、脳裏に残るようになったのではないかと思います。
そしてそれが、何故かいつまでも心の中に残るようになり、忘れたころに思い出してしまう。忘れてはいけないことと、忘れなければならないことが、何かのきっかけにフラッシュバックする。そして思い悩んでしまう。「これだけは覚えていたい、でもあれだけは忘れたい・・・。」
人間って、なんて身勝手なんでしょう。結局都合の良い生き方をしているのでしょうか?
いえ、絶対にほかの生きものに出来ない何かを神様から贈られているはずなのです。たぶんその一つが、「笑顔」だと思うのです。この人の笑顔も、ご本人が驚くほどの最高の笑顔になっていたらしい・・・答えは本の中に。
「悩まないで、いつでも貴方は笑えるんだよ」と言う神様からの最高の贈り物を今年は最大限に活かします。
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2019年はとにかく「他人に文句を言わず」、「面白く生きる」をモットーに、年男として猪突猛進ではなくちょっと猛進で励みます。ご支援ご鞭撻を何卒宜しくお願い申し上げます。


※と言う事で、次回は「他人・・・」についてお話しします
2019/1/6(Sun)


愛してますか〜♪
「え〜、クリボッチなんか?子供らかわいそうやなあ。」
「出張やからしゃあないワ。子供等にはカミさんから枕元に置いといてもらうし、パーティは土曜日にやっとくし…」と車内隣席のサラリーマン2人。人それぞれのクリスマスの場面があるこの時期だから・・・
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この時期になると無性に読みたくなる本に、「塩狩峠」があります。これを初めて読んだ時(平成15年の12月)の衝撃は今でも忘れません。これ、実話を元にしているから驚きです。
他人のために自分の命を犠牲に出来る人なんてそうはいないでしょう。でも、この主人公信夫は、常に生と死を自問自答していました。全てがキリストの教え。
つまり、「犠牲」=「ほんとうの愛」だったのです。
文頭に引用されているこれが全てでしょう。
■一粒の麦、
■地に落ちて死なずば、
■唯(タダ)一つにて在(ア)らん
■もし死なば、
■多くの果(ミ)を結ぶべし。
(新約聖書 ヨハネ伝 第12章 24節)

そして文中のこの言葉も・・・
■妻たる者よ、主に服(シタガ)うごとく己の夫に服え。
■夫はその妻を己の体のごとく愛すべし。
(新約聖書 エペソ書 第5章)

さあ、今宵は愛を持って過ごしましょうか。
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私もそうですが、この時ばかりはイエス・キリストの誕生のお祝いに便乗(?)しているのです。子ども達にとってはもしかしたら、イエス・キリスト=サンタクロースとなっているかもしれません。それでも良いですよね。老若男女、贈る方も贈られる方もみんな笑顔になるのですからね。(^-^)


※と言う事で、次回は「贈る…」についてお話しします
2018/12/24(Mon)


ウィンウィンって言うけれど・・・
「相手を傷つけず、言った自分も奮い立つような魔法の言葉って知ってる?」
『そんなんあるんか?』
「知らんの?」
『お、教えてくれ・・・』
ある意味、百戦錬磨の娘からアドバイスを受ける父親。
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予報通り、夕方からみぞれが降り始めた暗い歩道で・・・
「ガシャン!」
「えっ? だ、大丈夫ですか?」
『あっ、いえ、ダイジョウブです。』
「えっ、でも膝から血が・・・」
『うっ。いえ、どうってことないっす!』
倒れた自転車を起こしてなぜか逃げるようにその場から後ろも振り向かず走り去った私。
中学生の頃、通っていた柔道教室の帰りに歩道脇に停まっていた車の助手席が突然開き、そのドアに接触して横転した。ドアを開いた女性が慌てて声をかけてきたが、当時の私は、自分がみぞれの降っている夜に、前方不注意で車にキズを負わせたという負い目だけで、とっさに「父ちゃんに怒られる!」と思いその場を取り繕って逃げた≠フである。
その時、「あの車に追いかけられて、家まで来られたらどうしよう・・・」と本気で怖がっていた。
今ならどちらが悪いかは明白だが、田舎の少年には当時の高級車に傷をつけた感覚しか頭になかった。家に帰ってから母親に「どうしたん、そのキズ?」と聞かれて、「みぞれ降ってきて滑って転んだ。」としか言わなかったが、黙って消毒して絆創膏を貼ってくれた母親の手当に、悔しいのか、悲しいのか、恥ずかしいのか自分でも判らず無言でそれを見ていた。
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「よく苦境に立たされたときに『ダイジョウブ』とか、『頑張る』とか言うじゃない。それって社交辞令的なものだよね。本当は『どうってことないです!』って言って、受け流すのが相手にとっても救いの一言なんだよね。言った本人も自分を奮い立たして、次の手を考えることができるしね。」
『なるほどっ!』
・・・ところでお前、どの場面でそれ使ったんだ?


※と言うことで、次回は「場面」についてお話しします。
2018/12/2(Sun)


「今度こそ!」の今度の時って・・・
「なあ、大事な場面で自分を鼓舞する時、おまじないっていうか、なんか自分を安心させる言葉って言うてる?」
と、友人に聞かれて、「えっ?そりゃ頑張れやろ」って言うと、「うそやん。」って即座に反論されたけど…。
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「不思議なもんで、他人を応援する時には“ガンバレ〜”って言うけど、自分自信を応援する時は“ダイジョウブダイジョウブ”って言うんだよな俺は。これ不思議と思わへん?」と、その友人に言われて、その時は「そうかぁ?」って言ったけれど、いざ大事な場面になった時に、「ダイジョウブダイジョウブ、いつもの自分でダイジョウブ」と、呪文のように「ダイジョウブ」を繰り返していた。
そう、「ガンバレ!」は、応援する人と同じ土俵(フィールド)に入っておらず、あくまでも自分だけは遠くから声をかけているだけなのだ。これは不思議なもので、「ドンマイドンマイ」とか、「ダイジョウブダイジョウブ」或いは、「いけるいける」の言葉は、なぜか同じ土俵(フィールド)に立っているような気がするのはオレの気のせい?
つまり、同じような体験をして同じようにその苦難を乗り越えようと思う時に発せられる言葉で、「ガンバレ!」にはそれがないような気がする。ただし、言葉に出さずに心で念じるのはありかも知れないが…。これはあくまでも個人感覚だけど。
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永い人生、色々な場面に遭遇する。絶体絶命と思う場面も確かにある。でもそれを共有できる人にしか同じ感覚はわからない。だからこそ乗り越えるためには自分で自分を鼓舞するしかない。
「ダイジョブダイジョウブ、絶対出来る。次いけるって!」と、いつも自分に言っているオレ。
で、次とはいったい、いつなんだ…(*´▽`*)


※と言う事で、次回は「感覚…」についてお話しします。
2018/10/28(Sun)


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