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レディースアパレル活性化委員会推奨…ブティック(婦人服専門店)の紹介サイト あるっくじゃぱん




ウィンウィンって言うけれど・・・
「相手を傷つけず、言った自分も奮い立つような魔法の言葉って知ってる?」
『そんなんあるんか?』
「知らんの?」
『お、教えてくれ・・・』
ある意味、百戦錬磨の娘からアドバイスを受ける父親。
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予報通り、夕方からみぞれが降り始めた暗い歩道で・・・
「ガシャン!」
「えっ? だ、大丈夫ですか?」
『あっ、いえ、ダイジョウブです。』
「えっ、でも膝から血が・・・」
『うっ。いえ、どうってことないっす!』
倒れた自転車を起こしてなぜか逃げるようにその場から後ろも振り向かず走り去った私。
中学生の頃、通っていた柔道教室の帰りに歩道脇に停まっていた車の助手席が突然開き、そのドアに接触して横転した。ドアを開いた女性が慌てて声をかけてきたが、当時の私は、自分がみぞれの降っている夜に、前方不注意で車にキズを負わせたという負い目だけで、とっさに「父ちゃんに怒られる!」と思いその場を取り繕って逃げた≠フである。
その時、「あの車に追いかけられて、家まで来られたらどうしよう・・・」と本気で怖がっていた。
今ならどちらが悪いかは明白だが、田舎の少年には当時の高級車に傷をつけた感覚しか頭になかった。家に帰ってから母親に「どうしたん、そのキズ?」と聞かれて、「みぞれ降ってきて滑って転んだ。」としか言わなかったが、黙って消毒して絆創膏を貼ってくれた母親の手当に、悔しいのか、悲しいのか、恥ずかしいのか自分でも判らず無言でそれを見ていた。
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「よく苦境に立たされたときに『ダイジョウブ』とか、『頑張る』とか言うじゃない。それって社交辞令的なものだよね。本当は『どうってことないです!』って言って、受け流すのが相手にとっても救いの一言なんだよね。言った本人も自分を奮い立たして、次の手を考えることができるしね。」
『なるほどっ!』
・・・ところでお前、どの場面でそれ使ったんだ?


※と言うことで、次回は「場面」についてお話しします。
2018/12/2(Sun)


「今度こそ!」の今度の時って・・・
「なあ、大事な場面で自分を鼓舞する時、おまじないっていうか、なんか自分を安心させる言葉って言うてる?」
と、友人に聞かれて、「えっ?そりゃ頑張れやろ」って言うと、「うそやん。」って即座に反論されたけど…。
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「不思議なもんで、他人を応援する時には“ガンバレ〜”って言うけど、自分自信を応援する時は“ダイジョウブダイジョウブ”って言うんだよな俺は。これ不思議と思わへん?」と、その友人に言われて、その時は「そうかぁ?」って言ったけれど、いざ大事な場面になった時に、「ダイジョウブダイジョウブ、いつもの自分でダイジョウブ」と、呪文のように「ダイジョウブ」を繰り返していた。
そう、「ガンバレ!」は、応援する人と同じ土俵(フィールド)に入っておらず、あくまでも自分だけは遠くから声をかけているだけなのだ。これは不思議なもので、「ドンマイドンマイ」とか、「ダイジョウブダイジョウブ」或いは、「いけるいける」の言葉は、なぜか同じ土俵(フィールド)に立っているような気がするのはオレの気のせい?
つまり、同じような体験をして同じようにその苦難を乗り越えようと思う時に発せられる言葉で、「ガンバレ!」にはそれがないような気がする。ただし、言葉に出さずに心で念じるのはありかも知れないが…。これはあくまでも個人感覚だけど。
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永い人生、色々な場面に遭遇する。絶体絶命と思う場面も確かにある。でもそれを共有できる人にしか同じ感覚はわからない。だからこそ乗り越えるためには自分で自分を鼓舞するしかない。
「ダイジョブダイジョウブ、絶対出来る。次いけるって!」と、いつも自分に言っているオレ。
で、次とはいったい、いつなんだ…(*´▽`*)


※と言う事で、次回は「感覚…」についてお話しします。
2018/10/28(Sun)


右向け〜みぎっ♪
今回の台風24号の影響で、楽しみにしていた運動会が、ほぼ全国で延期になったと思う。沢山の中から我が子の姿を見つけることは至難の業で、親はありとあらゆる手段で見つけられる術を子に託す・・・(笑)
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「目線は大事なんです。特に団体で同じ踊りをする時には、全員が下を向いた時には頭で全体が黒くなるので、独りだけ前を向いていると、そこだけ白く(顔の色)なって、目立ちます。だから顔の向きは全員同じでないと遠くからでも一目で、『揃ってない踊り』と判断されます。自分一人だから大丈夫じゃないんです。一人のために全体の評価が下がるんです。意外に気がつかないんです本人は。」とは、ダンスのプロが団体をコーチする時の最重要ポイントとしていることです。
各人の踊りのスキル以前に、全体の調和と協調性は、人数が多くなればなるほど難しくなるようです。
踊りだけではありませんね。企業でも目的に向かって社員が同じ動きをしているようでも、それぞれが見ている方向が少し違うだけで、結果にズレが生じてミッションの完遂が出来ないことがあります。別にロボットのように動くと言うことではなく、完成度を高めるために自らを極め、互いに阿吽の呼吸での信頼関係を築いていくことが大切だと思うのです。
完成された踊りやパフォーマンスには、圧倒的な美しさと強さがあります。そしてそれを見る人に感動まで与えます。
そんな仕事が出来たらいいなと、最近特に思っています。
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子どもが演技しながら父兄席の親を必死で探すのは、幼稚園や小学校低学年までで、高学年さらに中高生となると上目遣いで親の存在を確認して、決して目を合わそうとしない。
にも拘らず親は必死で探す。そして目と目があった瞬間に、テレパシー的な会話がなされる。「がんばれ!」『うん』


※と言う事で、次回は「がんばれ!」についてお話しします
2018/9/30(Sun)


自分の見ている反対側…
社会現象にまでなりかけているこの映画は、今になればネットであらゆるレビューが出ているが、当初は観た人だけが、口コミで拡げてくれてくれたものだと思う。配給元もこれほどの反響があるとは予測できなかっただろう。
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「人に良いと書いて食」
けっこうしびれるでしょ、このキャッチフレーズ。(中略)http://www.saiboku.co.jp/
「もっと安くして!」と言うお客さんには、無理して売らなくててもいいという考え方なんです。無理して出血で売ると赤字になる。赤字になると「新鮮、美味、安心」が守れない。
お店と言うのは、生産者と消費者を結ぶ「品質保証の砦」だと考えているのです。それで買いたくないと思った人は、他のスーパーに行ってくださいということなんです。
乱暴な言い方をすると、お店がお客を選んでいるってことです。放漫ではないのです。ウチは本物のお肉を提供しているのだから、このぐらいの値段がかかるんですという自信をもって売っている。そして、誰にでも売るということではなく、サイボクハムの守る「こだわり」に共感するライフスタイルを持っている人、そういう人に買って欲しいという姿勢。
質よりも値段の安さを最優先で求めている人たちには、売らなくてもいいという「売らない哲学」がここにもあるんです。
=藤村正宏著「『せまく』売れ!『高く』売れ!『価値』で売れ!」より
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デジタルが取り巻く世界で、とにかくメディアに対しても「多くを語らないでくれ」という報道規制をした『カメラを止めるな!』というこの映画。つまり、実際にその場で体感した人しか判らない感動を共有することが、その物自体の価値を上げるという証明となった作品である。すごいよな、最初からそんなこと考えてはいなかったと思う。でも成功の鍵は、すべてが客席で観る側目線での作り方だったのだと思う。
今のアパレル業界には、着る側目線はあるだろうか?


※と言う事で、次回は「目線…」についてお話しします
2018/9/2(Sun)


動き出すきっかけは何?
「本当に怖くない?」
『ん〜、怖くないと言えばウソになるけど・・・でもこれは見た方がいいよ。』
「え〜、怖いんでしょ?」
『ん〜、まあ父さんの言うことを信じて見てみれば?』
「え〜、え〜、」
『おいっ!』父娘の最近の会話。
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信じきることのできない人は、信じきる人を「多少おかしい人」と言う目で見ます。
信じる人と信じていない人は同じグループです。
信じる人と信じきる人との間に大きな境目があるのです。
信じきる人は、人からどう見られるかは何も考えません。
人からどう見られるかに奪われる時間は多いのです。
人からどう見られるかを気にしていると、初めの一歩が踏み出せません。
人からどう見られるかを考えるよりも、まず感じることです。
「あの人は何も考えていないよね」と言われる人は、いいかげんで、ふまじめに見えます。
ボクシングもサッカーも条件反射です。
どんなスポーツも、考えた結果では間に合わないのです。
=中谷彰宏著「『あと1年でどうにかしたい』と思ったら読む本」より
『あれ?俺って自分以外で信じきったことあったっけ? ん〜、ん〜、だから人生損してるんだろうなあ、きっと。(涙)』
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今話題で、社会現象にもなっているあの映画を見るか見ないかで悩んでいたので、先に見た私が内容は伏せて見るべしと言うがまだ悩んでいる。たぶんどの人も同じだろう。
これは古くて新しい拡散の方法だと思う。つまりSNSを使った「口コミ」だ。言いたいけど言えないから結局「見た方がいいよ」となって、見てない人にはますます空想力が倍増する。しかも怖いもの見たさもあるから、もはや映画館が未来型お化け屋敷じゃないかと思ったりもする。そして、見た人全てが「予備知識なしで見るべし」と言っているのが見た後で納得するのも不思議な体験だ。

『だ・か・ら〜、悩む前に見てきなさい!』


※と言う事で、次回は「社会現象・・・」についてお話しします
2018/8/19(Sun)


もっと先を見たいから・・・
『明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体』(中略)『原民喜が、こんな文体に憧れている、と書いているのですが、しびれました。私の理想とする音をそのまま表してくれていると感じました。』と、三浦友和演じる板鳥が、主人公外村に静かに言う場面が印象的で心が痺れた映画だった。 =宮下奈都著「羊と鋼の森」より
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サングラスのレンズを変えようと行ったメガネ屋さんで。
「あの〜すみません、何かいま体調が悪いとか、糖尿病とか治療中ですか?」『えっ?何もありませんが、なぜですか?』
「いえ、左目だけ2回測定しましたが、数値が一般より低いので一度眼科で検査された方が良いのかなと思います。その測定結果でレンズを作った方が良いかなと思いまして申し上げました。うちはメガネ屋なので、お客様が今見やすいと言われた通りにお作りしますが、こうした方が良いという指定は出来ないのです。お医者さんは医療行為なので指摘します。そこが大きな違いなのですが、でもお客様の目を守るという考えは我々も同じなので、少なくともそこに関わっている者として敢えて申し上げた次第です。沢山のお客様を見ているので、こういう数値が出た時は一度眼科に行かれることをお勧めしています。レンズはいつでも作りますから、先生にこの数値をお見せしてメガネ屋の兄ちゃんに言われたと言ってください。」
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貴方の所に新規で来られたお客様に対して、ひとつでも多く売り込もうと思うのが営業です。でもお客様のために敢えて売り込まないのも営業なのです。その違いは何なのか…。
「今か、未来か…」です。


※と言う事で、次回は「未来…」についてお話しします。


追記:結局翌日に10年ぶりぐらいに近所の眼科に行ってそのメガネ屋さんの数値を見せて検査をしてもらったら、先生から「大きな病院でもう一度精密検査を受けて下さい。これは…」と紹介状をもらってしまいました。
2018/7/30(Mon)


ふたつはないんだよ。
最近私が直接聞いた店のオーナーの『悩み=辛口コメント』
「本当に面白くないんだよね最近。なんだか形式的に『展示会やっています』っていう感じがみえみえで、サンプルもようやく間に合ったみたいだし、それでも私たちは休日と経費を使ってわざわざ来たのに「えっ?これ?」って言う所もあるのよね。メーカーさん大丈夫?」って私に聞かれても…
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ワクワク・ドキドキって言う言葉が最近業界で聞かれなくなりました。つまり、発信者と受信者。魅せる側と観る側。売り手と買い手。すべてが対になる2者の一方が、新しい情報と刺激を感じられないと判断した時に今までの関係性が崩れると言うことです。でもこれは、発信者は常に新しいことしていますというアピールはあるし、受信者は、「私の想像を超える感動を与えてよ」と言う高度な欲求があります。
御社はどうですか?そんなこと展示会準備中に考えたことありますか?・・・『私はありますよ。(増本談)』
私は12年間合同展Doorsを続けてきました。初回から来られているゲストにどうやって新しい刺激と感動を感じてもらえるようにするのか。しかも出展者は自社のスタッフではありません。常に変化しています。各社の目的も目標も違います。
「おい増本、どうするんだ今回は?」自問自答の繰り返しを、12年間続けてきました。たどり着いた秘訣はただひとつ。
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「『臨時休業。本日は展示会のためお休みします』と言う貼り紙をお店に貼っているんです。もちろん顧客にはSNSで発信していますよ。待っててね、あの展示会に行ってきますからって。だから、どうぞ私たちとその先のお客様の期待を裏切らないでください。」
これ、展示会を行うメーカーとしての責務であり、1年に数回のビジネスチャンスで、究極のCS(顧客満足)です。
その発信側と受信側の声を複数聞いているのはたぶん私だけでしょう。と言うことは、私のやることはただひとつ。


※と言うことで、次回は「ひとつ…」についてお話しします。
2018/7/22(Sun)


ひとが指摘してくれない恥ずかしいコト…
「手紙は夜書いてはいけない」と言うのはよく言われることですよね。
私も過去何度も失敗しました。夜書くと感情移入が激しくなって、余計なことも書いて語調も荒くなってしまいます。それを翌朝もう一度読み返すとほぼ廃棄です。
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私が社会人になりたてのとき先輩から言われ、いまだに印象的で常に心がけているのが、「『とりあえず』ではなく、『まず』と言え」です。
ホウレンソウをする中で、私自身は全く気がついていなかったのですが、「じゃあ、とりあえず、この資料作っときます」と言うのがどうやら私の口癖だったようでした。
ある日その先輩から、「お前の仕事は、「とりあえず」のやっつけ仕事か?」と言われました。生意気な私は「違いますよ。じゃあ、何て言えばいいんですか?」と返しました。先輩は次のように言いました。
「『まず』と言い換えてみろ。そうしたら『次に』と言う言葉が続くはずだ」 
「なるほど!」
=河野英太郎著「99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ」より
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社会人になってから、色々な手紙やビジネス文書やメールを書いてきて、今まで本当に「これでいい」と思い込んでいました。でも今日以降私から届く文章には少しだけ変化があります。気がつく方は、たぶん今までそう感じておられた方でしょう。誰も受け取った手紙やメールの返事はしても相手の形式にコメントすることはまずないと思います。特にビジネス相手には。
あとは本人が気がつくかどうか・・・ですもんね。


※と言う事で、次回は「形式…」についてお話しします
2018/7/8(Sun)


要するに、何が言いたいかと言えば・・・
「長い!」
「くどい!」
「最後まで読まない!」
私が書く文章やメールのメッセージをことごとく却下もしくは一刀両断したのが、我がブレーンのN氏である。もはやそこに「ヨイショ」はない。(*´▽`*)
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要約力を養うポイントは二つある。ひとつは、日頃から「密度の濃い」文章に接すること。(中略)
そして、もうひとつのポイントは、日頃から要約グセをつけることである。やはり何事にも基礎トレーニングが必要だ。文章を読んだら、「つまりこの著者は何が言いたいのか」と10秒でもいいから考えてみる。人の話を聞くときも、「なるほど、それはこういうことですね」と相手の話しをまとめてみる。そういうトレーニングを積み重ねるのだ。
コピーライターの中畑貴志氏は、キャッチコピーを書くときに、まず「早い話しが〇〇〇〇」と書いてみるという。「早い話しが・・・」心の中でいつもそうつぶやいていれば、必ずやコミュニケーションの達人になれるはずである。
=和田秀樹著「上流に昇れる人、下流に落ちる人」より
 あれもこれもと思考が交錯し、文章がまとまらない時に出る私の書きグセが「…ので、…ので、」の繰り返し。これが長文になる原因であった。
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しかし、言われて読み返せば「なるほどくどいか」と、校正して再度投げると「まだ長いけど、まあいいかな」と、厳しい編集部デスクのようだ。(知らないけど…)
自分の話しのクセや文章のクセって自分では判らないから、「第三者の辛口コメントは非常に有り難いものだ。」と、少しでも自分なりに学習したおかげか、「長いかな」「くどいかな」と、N氏の語調だけは変わった。



※と言う事で、次回は「語調・・・」についてお話しします。
2018/6/10(Sun)


誰それ、偶像?
「増本さんなら知ってるでしょ」
「増本さんに聞いてみたらと言われたので」
「増本さん、助言してあげてください」と、
何だか知らないところで色々な風に言われているみたいで、全く違う増本像もなぜかあるのか、私の領域をはるかに超えた相談に驚くやら困るやら。そんな時にもなぜか・・・
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■そんなウソで塗り固められた言葉に、結局、誰もおもしろがらないということに気がついたの。それで、ウソをつくこと、自分を盛ることをやめたわけ。(『デラックスじゃない』p64)■
私たちが人と会話をするとき、ついつい自分を大きく見せようとして「自分を盛る」傾向がある。自慢話をしてしまうわけである。それも無意識のうちにやってしまうようである。(中略)若い頃のマツコさんも、大したことのない自分のエピソードを、さも大事件のように語ることがあったという。おもしろいエピソードがなければ、人に好かれないと思っていたのだ。しかし、そうやって自分を盛りながら話をしても、罪悪感を覚えるばかり。そのため、今では、自分を大きく見せるのをやめたのだという。
=内藤誼人著「なぜ、マツコ・デラックスは言いたい放題でも人に好かれるのか?」より
身体は大きいけれど、その繊細な気持ちと気配りの仕方は、テレビの話しやしぐさを見ていればよく分かりますね。ある意味吹っ切れているような、「自分はこんだけの人間」と言っているような。見習いたいものです。
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「何とかしてあげたい」と言うえべっさんのような気持ちと、「それ何ともならんで」と言う天邪鬼のような気持ちが交錯することが最近多い気がする。紹介者や相談者の気持ちを満足させるにはどうすれば良いのかと独り悩んでいる。99%は何ともならない相談だけど話しを聞くことは出来るから、私に話して少しは楽になるなら、「聞くだけですよ」と、言えば良いことに最近になって気が付いた。 
「いいですか? 聞くだけですよ。」


※と言う事で、次回は「交錯・・・」についてお話しします
2018/5/20(Sun)


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